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about - 種まき工房について


イラストレーター・絵ことば作家

 

                                                              大阪府在住  家族と猫たちと暮らす

思いかえせば、あんなこと、こんなこと…

いろんなことがありました。

ちょっとだけ、自己紹介をさせて頂きます。

1985年 結婚をする


この年、9月に結婚をしました。
「なんとか25歳までに結婚をしなければ」って思っていたような気がします。

今から思えば、
結婚適齢期(今は死語?!)という固定観念というのか、 社会通念というのか、
そんな無意識の中の意識にはまりきっていたのかもしれないなぁ。

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当たり前という言葉には2つの意味があるんじゃないかなぁ。
1つは「健康」のような病気になってはじめて気づく
「ありがたい」当たり前と、 もう1つは「固定観念」のような
ちょっと「息苦しい」当たり前。

でも本当は、どちらも当たり前ものじゃなくて
自分のココロの持ちようで、 変わり得るもののような気がするなぁ。
モノの考え方が、自分を苦しめてしまうこともあるかもしれないですね。

1988年 長男を出産

息子は冬生まれ(1月)。窓も閉め切り、外にも出られず、
文字通りの「密室育児」でした。

2人きりの部屋の中で、息子が起きていると「どう接したらいいだろう」
と不安で涙し、 息子が寝たら「いつ起きるだろう」と不安で涙する。
そんな毎日を送っていました。

そう…生まれた息子はとても大きかったけれど、
産んだ私はとても未熟だったのです。 そんな 私は、ドップリ、バッチリ
マタニティブルーにはまってしまいました。


マタニティブルーは「一時的なもの」だと
思われがちだけど、 実はそうとも言い切れない。
マタニティブルーをきっかけに、いろんなことが
表面に出てきたりすることもあります。

そして、この時の本人の過ごし方やまわりの人たちの接し方で、
その後の本人はもちろん、まわりの人たちの人生も大きく変わってしまうことだってある。
だから、まわりの人たち(特に夫さま)は、
ここで、思いやりを発揮してあげて欲しいなぁ。 お願いします。

1990年 うつ (産後うつ)になる


育児ストレスと向き合いながらも、
なんとか育児をこなしていきました。
ようやく、息子から手が離れだしたある日。

突然、落とし穴にはまったように
鬱(産後ウツ)に陥ってしまったのです。

原因はわかりませんでした。
とにかく話せず、食べられず、寝られず、落ち着かず…。
精神的なものが、こんなに苦しいものだとは思いませんでした。

そのあまりの苦しさと自分の異常さに専門機関を訪れました。
それから、ココロの修復が始まり、
少しずつ少しずつ本当の自分を取り戻していきました。

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今の自分というものは、子どもの頃の育てられ方、
まわりの価値観や環境 社会のしくみなどなど、
いろんなことの影響を受けて存在しています。
だから、自分の力だけでは、解決できないことだってたくさんある。

それは、母親だって例外ではありません。
「母であるから~でなければならない」と思っていることがあるならば
あんまり、かた苦しく考えないで、
自分なりの自分にあった子育てをすれば 、それで十分じゃないかなぁ。

そして、その「~だから~でなければならない」という考え方は、
性別や年齢を問わず、たくさんの人を息苦しくしているような気がします。

1992年 長女を出産


あんなに苦しかった育児がなぜか恋しくなって長女を出産。
というものの生まれるまでは
「また落ち込んでしまったらどうしよう…」と不安でした。

でもその予想は幸いにもハズレ、うつに陥ることはありませんでした。
2人目を産んだおかげで、私の育児の思い出は
「苦しいもの」だけではなくなりました。
本当に産んでよかった、そして、生まれてきてくれてありがとう。

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「習うより慣れろ」というけれど、本当にそうだと思います。
向き・不向き、得意・不得意というのはあるけれど、
経験というものである程度は軽減できることもあるんですね。

1994年 自分の時間を持つ



育児がイヤではないんだけれど、でもなんだかカラダとココロがむずむず。
「母だけじゃなくて、妻だけじゃなくて、自分自身を感じたいなぁ」
と思うようになりました。

それから、書道をしたり、絵のサークルに入ったり、講座を受けたり…。
でも、この頃のいろんなことが、学ぶきっかけとなり、
今の自分の基礎をつくってくれたんだと思います。

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育児も一段落ついて、何となく落ちつき出すこの時期。
でも反面「人生、このままで終わってしまうの」
「社会に取り残されてしまうかも」
なんて気持ちになったりすることも結構あったなぁ…。

でも、その気持ちをグッとこらえて、あせらず、あわてず。
自分の時間の進み具合と人の時間の進み具合は違うものだから、
まずは自分のペースを確認して、歩いていくことが大切な気がします。

1996年 イラストレーターの道を歩み出す


女性センターの広報誌制作や応募をした情報誌のキャラクターが
採用されたことをきっかけに、仕事としてイラストを描くようになりました。

今までは「絵を描くのが好き」ってことで
イラストを描いていましたが 仕事となるとすごいプレッシャー。

好きなことを仕事にするのって楽しい分、苦しいこともいっぱいあるものですね。

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「やりたいことがあるからいいね」
「絵が描けるからいいね」 と
言われることがあります。

でも、私「イラストレーターになるぞ」 って
強い決意で進んできたって
感じじゃないんですよね。

とりあえず「これをしてみようかなぁ」って思ったことを やってみて
「これはもういいや」って思うものを消去していったら絵が残っていた。
そして、それを続けているという感じです。

だから「やりたいことがみつかってから動く」っていうのもいいけれど
「とりあえず動いてみる」っていうのもいいかもしれませんね。

1999年 創作活動を開始


イラストを描いているうちになんとなく「直接的に人と関わりたい」
と思うようになり、創作活動が始まりました。

自分がつらかった時、まわりの人に助けて頂いたように、私も作品を通して、
今しんどい人のココロを少しでも楽にすることができたらいいな。
その思いが、個展を開くきっかけとなりました。

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イラストを描かせて頂いていても、
みて下さっている方たちの気持ちや思いが、
伝わってくることは、ほとんどありません。

だから、絵を描いて、展示をさせて頂いて、
できる限り近くにそっと座っていよう。

もし、絵をみに来て下さった方たちが、
私と話しがしてみたいと思った時に 「話しができるようでありたいなぁ」
と思っています。

そうしてきたことで感じることは 、 みに来てくださった方の語る言葉は、
今のその人の気持ちを反映しているなぁ…ってことかな。

2005年〜 そろそろコツコツ続けていく



とにかく自分のペースで歩き続けたいと思っています。
だって、自分のペースを保つことも 続けていくことも、
簡単なようでむずかしいから。

そして、一人でも多くの人に作品をみて頂けたらうれしいです。
それでは、いつかどこかでお逢いできればいいですね。