今日と昨日の晩ごはん。
こじゃれたモノは
作れない。
八百屋さん暮らしゆえ
素材そのままの
お野菜多めの献立で
ご飯は、必要な分だけ
お鍋でカタカタ
炊いている。
でも私のイメージは
きっと違う。
ご飯などつくらない
外食好きな人だろう。
ココステのお昼は
近くのコンビニで
調達することが
少なくない。
働きもせず
コンビニでお弁当を買う人。
それが私の姿だ。
どちらも事実なのだが
引っかかりを感じる
私の気持ちってなんだろう。
考えていたら
子どもたちが幼い頃
「愛情弁当」という言葉に
プレッシャーを
受けまくったことが
思い出されてきた。
同調圧力も、あるだろう。
でも「良く見られたい」
そう思っているのだとしたら
そんな自分は
好きになれない。
そのまんまの自分を
受け止める道のりは
まだまだ遠い…。